大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和53年(う)1821号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

被告人に対し公職選挙法二五二条一項の選挙権及び被選挙権を有しない期間を一年に短縮する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官阿部敏夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人酉井善一、河村武信、大江洋一、石川元也、宇賀神直共同作成及び宇賀神、石川、大江各弁護人作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は要するに、本件被告人の所為は、公職選挙法(昭和五〇年法律六三号による改正前のもの。以下、同じ。)一四二条一項所定の法定外の選挙運動のために使用する文書の頒布にあたるものであるのに、これにあたるとは認められないとして、被告人に対し無罪を言い渡した原判決は、法令の解釈適用を誤り、かつ事実を誤認したものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで記録及び原審における各証拠を精査し、かつ当審での事実取調の結果をも併せて検討すると、関係証拠によれば、被告人が起訴状記載の日時、場所において、同記載の川口明夫他七名に対して、押収してある経歴書(当庁昭和五三年押七六五号の一ないし五)と同一の外形内容のいわゆるミニ経歴書(以下、「本件ミニ経歴書」という。)合計約三一一枚を配付したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そこで、右被告人の所為が、公職選挙法一四二条一項の違反にあたるか否かについて判断するに、まず被告人が起訴状記載の川口明夫他七名に配付した本件ミニ経歴書は、前記押収物によれば、名刺の約二倍大の大きさ(縦約九センチメートル、横約一三センチメートル)であつて、その表面の左半面には黒田了一候補の半身像の写真を掲載し、その右横上部には横書きで「革新知事候補」、縦書きで「明るい革新大阪府政をつくる会推薦」の肩書及び大文字による「黒田了一」の氏名が記載され、表面右半面に「経歴書」として同候補の本籍地、現住所、学歴、職歴、団体役職、趣味等の記載があり、裏面左側には「私の公約」と題して九か条にわたる公約が記載され、同右側には「私の抱負」と題し、同候補の大阪府知事選挙に臨むに当つての政治姿勢を示すとともに、対立する左藤候補に対する批判をも加えたうえ、「みなさんの心からのご支援をおねがい申しあげます。」との記載がある書面であるところ、前記法条にいう「選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいうと解すべきであり(最高裁判所昭和三六年三月一七日第二小法廷判決・刑集一五巻三号五二七頁)、本件ミニ経歴書は、その外形内容自体に徴し、大阪府知事選挙に際して黒田了一候補への投票を依頼する趣旨の選挙運動のために使用する文書と推知されうるものであるから、右にいう「選挙運動のために使用する文書」にあたるものと認められる。

なお、右書面の表面左半面右下部分に、約一ミリメートル角大の小活字で印刷した「部内資料」との文言があるが、それがあるからといつて、いまだ前記の認定を左右するに足りない。

つぎに、被告人が起訴状記載の日時、場所において、前記川口明夫他七名に対し、本件ミニ経歴書合計約三一一枚を配付した行為が、前記法条にいう「頒布」にあたるか否かについて検討すると、右にいう頒布とは、選挙運動のために使用する法定外の文書図画を不特定若しくは多数の者に配布すること又は、不特定若しくは多数の者に配布する目的でその内の一人以上の者に配付することをいい、配付の直接の相手方が特定少数の者であつても、その者を通じて当然又は成行上不特定又は多数の者に配布されるような情況のもとで当該文書図画を配付した場合も、これにあたると解すべきところ(最高裁判所昭和五一年三月一一日第一小法廷決定・刑集三〇巻二号一〇二頁、同昭和三六年三月三日第二小法廷判決・刑集一五巻三号四七七頁)、原審及び当審で取調べた関係各証拠によれば、被告人は、大阪府保険医協会(以下、「協会」という。)に所属する保険医で、泉大津地区の評議員であり、昭和四六年三月一六日開かれた評議員会に出席したところ、同年四月一一日施行の大阪府知事選挙に立候補予定の黒田了一を支持する提案が可決され(同人は告示の日である同年三月一七日に立候補し、当選した。)、その後、泉大津市で開かれた協会員有志の集りでは被告人が世話人会の代表者に推されて、右知事選挙において、同市協会員の選挙運動の中心的役割を果すことになり、同年三月二五日、右協会員が同市医師会館に集り、健康保険法改正問題を討議する機会に、協会が支持する黒田候補の選挙運動を推進するための方策等を協議したが、その際被告人は、あらかじめ協会から被告人の許へ届けられていた本件ミニ経歴書多数枚を同会場に用意し、協会からの伝達に基づき、その配布方法を出席協会員に説明したうえ、前記川口明夫他七名(いずれも前記選挙の選挙人であつた。)に対し、適宜必要枚数を持ち帰らせる方法により、配付したことが認められる。

右認定事実及び関係証拠により認められる諸般の情況によれば、被告人は、本件ミニ経歴書を不特定又は多数の者に配布する目的で右川口明夫他七名に配付したものであり、かつ同人らを通じて当然又は成行上不特定又は多数の者に配付されるような情況のもとで同人らに右文書を配付したことが明らかであるから、被告人の前記配付行為は、前記法条にいう「頒布」にあたるといわざるを得ない。

しかして、関係証拠によつて認められる諸般の情況によれば、被告人が川口明夫他七名に対し本件ミニ経歴書を配付した行為は、告示後の行為でもあり、それ自体黒田候補のための選挙運動としてなされたものであつて、選挙運動の準備行為にあたらないことはもちろんのこと、右川口明夫他七名が被告人の手足若しくは共犯者であるとも認められないから、たとえ同人らが黒田候補の選挙運動者であるとしても、被告人の右配付行為が頒布罪に該当することを否定することはできず、また運動員間の内部行為であるからといつて、右頒布罪にあたらないとはいえない。

そうだとすると、被告人の前記配付行為は公職選挙法一四二条一項に該当する違反行為であるのに、運動員間の内部行為であるゆえをもつて、同条項の構成要件に該当しないとした原判決は、所論のとおり、法令の解釈適用を誤り、かつ事実を誤認したもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は、理由がある。よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四六年四月一一日施行の大阪府知事選挙に際し、立候補し当選した黒田了一の選挙運動者であるが、同候補者に当選を得しめる目的で、同年三月二五日ころ、大阪府泉大津市東雲町七番四一号泉大津市医師会館において、前記黒田候補の氏名、写真、経歴、公約等を記載した選挙運動文書合計約三一一枚を、別表記載の川口明夫他七名の医師に対して配付し、もつて法定外選挙運動文書を頒布したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、昭和五〇年法律六三号の公職選挙法の一部を改正する法律の附則四条により、右法律による改正前の公職選挙法二四三条三号、一四二条一項三号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、労役場留置、訴訟費用の負担、公民権の停止期間の短縮につき、それぞれ刑法一八条、刑訴法一八一条一項本文、公職選挙法二五二条四項を適用して、主文のとおり判決する。

(別表)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例